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そもそもゲームとはなんなのでしょう。
例えば、ゲーミフィケーションの大家である
Jane McGonigalはゲームの定義、ゲームの条件を
次のように言っています。
まず、ゲームの目的(goal)があること。
ゲームには、目的、つまりプレイヤー(達)は何を目指すのか、
という事が必要です。
次にルールがあること。
目的に達する時の制限であり、かつ自由度を定義するものです。
そして、フィードバックシステムがあること。
これは、ゴールに近づく為に今の状況はどうであるのか
プレイヤーに知らせる仕組みの事です。
そして最後に、彼女によると自主的な参加(voluntary participation)です。
ゲームに参加するプレイヤーは、目的、ルールそしてフィードバックシステムの
知識を持ってかつそれに前向きに従うということです。
これにより、多くのプレイヤーが参加することが可能になるというのです。
これさえあればゲームであると言うのです。
デジタルでゲームと言えばついついグラフィックやインターアクティブである事が
前提として考えられますが、よりアナログ的なゲームでは
必ずしもデジタルで前提になるものが必要ではありません。
サッカーや野球といったスポーツから古代から人々を熱狂させた格闘技、
ラスベガスのギャンブル、より身近に考えると
ジャンケンやサイコロ遊びも上記に当てはまるのです。
人々が熱狂したりのめり込むゲームですが、ほとんどの場合
冷静に考えると元々のゲーム自体に生産的な価値はありません。
サッカーゴールにシュートして点を取ったり、
ゴルフボールを遠くの穴に入れる事や
テトリスで10秒余計に生き残る事の社会的に物質的貢献はほとんどありません。
ですから、ゲームに興味のない人は何でそんなに一生懸命に
ゲームにはまるのか理解できないことも多くあるのも現実です。
週末、テレビでスポーツ観戦をする男達を呆れ顔でみながら、
噂話や情報交換の会話にいそしむ女性というのは
ハリウッド映画のお決まりの光景です。
それでも、人はゲームを必要とします。
それは、ゲームが人の様々な感情、感覚に訴えて何らかの喜びやストレスの
解消に貢献してくれるからなのでしょう。
時間潰しのために気軽にはじめたパズルゲームをやめられなくなったり、
クロスワードパズルで悶々と苦しみながら言葉を探したり、
カードゲームでもどうしても欲しいカードをゲットする為に
ガチャガチャを何回も回したり、
モンハンで皆で狩に行くのに、義務として自分のレベル上げに
一生懸命励んだり。ゲームによって、
射幸心、競争心、虚栄心、達成感、連帯感、親切心、冒険心、推理力などなど、
実に多くの違った感情、感覚を刺激していることが分かります。
この様な人々の要求に対する刺激が経済価値を産み、
ゲームに携わる職業が生まれていきます。
スポーツに代表される、固定したルール上でプレイヤーが入れ替わり、
観戦者を増やす事で伸びるビジネスや、
常に新しいルールや世界観をプレイヤーに提供する
ビデオゲームやソーシャルゲーム、
パチンコやカジノに代表されるプレイヤーの射幸心を刺激するものまで
その歴史は古く、深く、またその幅も非常に広いものになっています。
そしてビジネスに携わっている人々の幅も広く、
事業としての経済的価値をあげようと日夜努力し続けています。
その中で、ビジネスに関わる様々なアートとサイエンスが
次々生み出されているのです。
最近出てきたゲーミフィケーションという言葉の定義がまだ安定しない理由は
「ゲーム」といった時の幅の広さ、刺激する感覚、感情の広さや深さの
ダイナミックレンジがあまりにも大きいためでしょう。
とは言え、最近Web制作などで俄然注目されているゲーミフィケーションは、
元々、生産価値が無いものをここまで熱狂させる
アートとサイエンスの塊であるゲーム、特にデジタルゲームの
心理学的ノウハウを如何にWebの仕組みに取り込むかという研究です。
そこでは、今までは機能的な仕組みに終始していたWebに
心理学を入れようとしているとも言えるでしょう。
反対の立場からみると、今まではアート(心理学や世界観)に
近かったゲームの世界によりウェブサイエンスを入れ込んだ
新しいサービスの誕生過程とも言えます。
個人的にはソーシャルゲームビジネスに従来型のゲームから入り込んでみて、
こちらが学び驚くことがとても多いです。
特に、制作者、サービス提供者へのユーザーフィードバックシステムの
サイエンスの在り方は全く新しい分野ですし、
非常にダイナミックで制作の在り方が次のステージに進化した様に見えます。
今現在、インターネットをプラットフォームとした
新しい分野のゲームメカニズム利用ビジネスが爆発的な成長期を迎え、
その副産物としてゲーミフィケーションなどの多くの理論ノウハウが
後追いで生まれているのかなと思っています。
一方、Jane McGonigalは、これだけパワーのあるゲームであれば、
ゲームのゴールを政治や社会問題におけば、
その問題解決に役に立つのではないかと考えます。
近代化が始まってから現代に至り、
リアル社会のシステムはすでに壊れてしまっている。
これを治すにはパワーのある、多くの人間を巻き込めるゲームが
役に立つはずだと言っているのです。
そこでは、感覚的な心理学だけでなく、感情や目的意識まで刺激する
ゲームデザインが必要になるでしょう。
現在、デジタルバーチャルがリアルに匹敵するパワーを持ち、
そこに相性の良いゲームが社会を変える、
そこまで含めてゲーミフィケーションという事なのでしょう。
オンラインゲームやソーシャルゲーム、
またはSNSを使っている人たち、
すなわちこのブログを読んでいるほとんどの人たちは、
バーチャルの世界が時にはリアルの社会より
暖かいところがあったり、
現実社会より感覚的に近しい、すなわちリアルであることを
感じていると思います。
自分がよく使う例として、皆が住んでいるところから半径100メートルで
どれだけの付き合いがありますか、という質問があります。
都会であれば、ほとんどの人が近所づきあいは薄いし、
職業も別だし産業的な繋がりもほとんどありません。
東北の震災で人々が離れ離れになる悲しさやストレスを語っていましたが、
あそこにはソーシャル世界が存在しているリアル社会なのですが、
都会は生活の基本である住居、住所自体がリアルでなく
バーチャル、記号になっているのです。
一方、Facebookやオンラインゲームの中に入ると、
馴染みの友人がいつもそこにいる様に感じます。
デジタル技術の進歩でその距離感はとても近しいし、
自分のコントロールでその距離感さえ変えることも出来ます。
この様な環境になったのは、この数年のことで、
さらにデジタルバーチャルがよりソーシャルであり
リアルに進化して行くことは想像に難くありません。
いうなれば、近代化の歪みをバーチャルが直してくれているのだと。
そう考えると、デジタルと相性の良いゲームが
次のステージでどんな活躍をし得るのかという、
Janeの問いかけにゲームデザイナーが熱狂するのもよく分かります。
自分はプロデューサーや経営者として
これは凄いことになりうるぞと思うわけです。
日本のソーシャルゲーム業界は今では非常に儲かっている
カードゲームの徹底的な研究と次の旬になりうるゲームデザインで、
切磋琢磨しています。
そのステージのあとに、まだまだ社会のシステムにまで
影響を及ぼす大きなうねりがくることになると思います。
そこには、何かの新しい力と上手く結びついたゲームの貢献があると信じています。
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