エンタテインメントとアート -ゲームクリエイターがソーシャルゲームに飛び込めない理由-

2012.03.02 .19:11:16


    


エンタテインメントとアートの違いとはなんなのでしょう。

自分が思うに、なんの知識もなく誰でも楽しめるのがエンタテインメント、
知的コンテクストの上でその美学を追求しているのがアート
だという勝手な定義をしています。

知的コンテクストとは何か。
すごく簡単に言うと存在意義でしょうか。
それは世界観、美学、哲学、表現、言葉が
色々と重なっているケースがあるので、簡単に例をあげましょう。
例えば、オペラ、バレエ、クラシック音楽、能、文楽、歌舞伎、お花、茶道、
どれをとっても一つの美、これを追求するのだという考えが背後にあります。
これらのアートを鑑賞する時には、人はプリミティブな感覚、
右能を使うだけではなく、同時に知的に各アートジャンルの美学や
過去の作品と照らし合わせて左脳を含め鑑賞するのが正しい見方です。
当然、そこで活躍するアーチスト、クリエイターは
意識するかしないかは関係無く、その様な知的オーディエンスがいて
評価されて作品は初めてアートとして価値を持つのです。

と言うと、ちょっと待て、ゴッホは貧乏のまま自分の美学を貫いたと言うでしょう。
美術を知らずに想像するに、ゴッホにアートの価値があるのは、
彼が追求していたものと必ずしも一致しないかもしれないけれども、
その後に起こった美術のムーブメントの重要なコンテクストと
彼の作品は上手くマッチしたのではと思うのです。
だからか経済価値が出たのです。
自分だってゴッホの絵は凄く好きなんだけど、
三億円払うかと言うとその価値の説明は出来ない、
すなわち経済力とそのコンテクストを理解する知識がありません。
でも、美術界とマーケットはその価値を説明できる理由を
作り上げる事が出来たのです。

エンタテインメントとアートは必ずしも相反するものかと言うと、
そうでもありません。
元をたどれば能や狂言はきっと農民が豊穣を願う儀式、
エンタテインメントが発祥だろうし、歌舞伎や文楽だって
今でいうところの劇団が始まりでしょう。
それが時代とともに、制作者と鑑賞者(昔は権力者)の協力により、
高いコンテクスト、美学が創り上げられ、
高いアートの価値を持ちうるものになって行ったのです。
そういう意味では、単純な遊び、つまりエンタテインメントから始まり、
アートやビジネスまたはその混合物となりながら進化して行くのが
そのエンタテインメントが生き残る形なのではと思っています。

少し長い前置きでしたが、ではゲームってどう考えればいいのでしょうか。
自分は、SCEがプレステを立ち上げる時の創業メンバーだったのですが、
その時の目標で、
「ゲーム制作者をクリエイター、アーティストと呼び、
ゲーム業界の制作者を音楽業界のアーティストの様に
かっこ良く見せよう」
という志がありました。
玩具屋さんの開発者を今でもクリエイターと呼ばない事からも分かるように、
当時から言うと画期的な試みでした。
今でも、SCEはプレステーションアワードでクリエイターを表彰し続けており、
この精神を保っています。その様なSCEの努力の効果もあり、
現在ビデオゲーム制作者は自分はクリエイターであるという認識を
持っていると思うのです。
また同時に、20年近くかけて、消費者や批評家も成長しました。
良いゲームとはこうあるべき、というものが制作者と消費者の間で持たれ始め、
ゲームはビジネスの要素だけでなくアートの要素まで持ち始めたのです。
この世界では、消費者であるユーザーもある程度
業界コンテクストを理解した知識人となり、
作り手もその様な深い知識を持った消費者に向けた作品を作る事に
慣れて行ったのです。
例えば、我々も作り手として、米国のゲーム評価サイトのメタクリティックス、
もしくはファミ通の評価に一喜一憂するのです。

そこに突然現れたのが、黒船モバイルソーシャルゲームです。
非常にゲーム経験が浅くても、誰でもどこでも気軽に遊べるもの、
そして非常にプリミティブな感情を刺激して課金するもの、
ある意味コンテクストが無くても成り立つエンタテインメントがやってきたのです。
しかも、そのビジネス規模は非常に大きく、
今までのゲームクリエイターも参加を求められる事になっているのです。
ある経験の深い、著名クリエイターが漏らした言葉が忘れられません。
「また、あそこまで戻るのは辛い。」
彼らにとって、あまりに今のモバイルショーシャルは
アートを感じない世界に見えるのです。

自分は今のモバイルソーシャルゲームもより進化していくと思っています。
ユーザーも進化してゆき、いろんなコンテクストを持ち始めると思います。
特に、ハードとソフトとネットワークの制約が無くなっていくと、
様々な形で進化の形態が見られるようになるでしょう。
そうなると、いろんな経験をしたビデオゲームクリエイターもまた
その経験を発揮できる機会が広がります。
その時がくると信じて、今は今のモバイルショーシャルの
エンタテインメントビジネスにどっぷり浸かって行く事が
次の大飛躍に繋がると自分は信じているのだけれど。

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2012-03-02 | | |

カードゲームが海外で売れないわけ

2012.02.17 .19:08:49


   

現在のソーシャルゲームはカードゲーム花盛り。
カードは際限なく貯めることが出来て、
貯めれば貯めるほど強くなるし、
射幸心とガチャのマッチもいいい為、アープも上がりやすく、
ドラゴンコレクションの大ヒットと共に、
このジャンルは一気に業界の主流になりました。
これはすごいと、このロジックを海外にも展開し、
一気に稼いでいければというのが各社の思惑ですが、
果たして上手くいくでしょうか。
結果から言うと、今のままではあまり上手くいかないのではと
自分は思っています。

そもそも、アーケードの世界でムシキング、競馬ゲームを始め、
カードゲームは日本で何遍も盛り上がっているのですが、
海外であまり盛り上がったという例は聞いた事がありません。
マジック:ザ・ギャザリングという、昔からの定番ファンタジーカードゲームは
あるのですが、海外でのヒットも非常に狭いニッチに限られていて
実は大きな商業的な成功は収めたことはないのです。

何故なんだろうと、何か日本に特別な事情があるのだろうかと考えるに、
自分は日本の漫画文化が大きく影響していると思うのです。

そもそも人が面白いと思ったり、楽しいと感じることを分析すると、
本能に近い部分で感じる世界共通の内容と、
ある程度知識や経験があって初めて面白いと感じるものがあると思います。
本能に近い部分とは、例えば言葉が悪く解説もいれませんが
飲む、打つ、買うといった類のもの、
虚栄心、嫉妬の部分も広く世界に共通する感情であると思います。
一方、経験、知識を必要とするものでいうと、
特定宗教への表現(畏敬の念)、一般的にクラッシックや伝統になっているもの
などが挙げられます。
例えば、自分の好きなバレエは、違う文化から見たら
ガリガリの女性がくるくる回って何が楽しいのと思うでしょうし、
白状すると自分は能を見てもあまり楽しくありません。
ミュージカルで急に歌が入ると、訳が分からないという人もいます。
ある外人に相撲を見せた時、
「Oh, this is ugly.(何これ、おかしいんじゃない?)」
とコメントされてムッとした経験がありますが、
よく考えると、知識がない人には無理からぬ反応です。
彼らに、白鵬の立会いから素早く下手を取り、
相手に相撲をさせず寄り切って行く様の見事さは語り合うのは無理なのです。

人は歳を取れば取るほどこの経験値(知)は上がって行き、
バイアスも膨らんで行く訳です。

話を元に戻しましょう。
自分は日本人が漫画から受けている影響は
かなり凄いものだと思っています。
当社の人間やこのブログを読んでいる人で
漫画を読んだことがない人はいないでしょうし、
おそらくは自分の大好きな大切な作品がある人が大半でしょう。
ある年齢以下ではほとんどの人が習慣的に漫画を読んだ経験が
あるのではないでしょうか。
その為、普通に大人になって初めて漫画を読むと、
どうやって読んでいいか分からないという人の苦労は
理解できないと思います。
これはかなり特別な事です。
おそらく、どこの国に行っても大人で、
漫画をある程度読んだことがある人はマイノリティに属するからです。
言い換えると、ほとんどの外人の大人は、
漫画を楽しめない、読めないのです。
まるで、自分が能の世界を楽しめないように。
日本人は、あの止まった絵の、しかも大胆なコマ割りの絵と文字により、
想像力を膨らまして脳内で壮大でかつ繊細なドラマを再現できるのです。
また、キャラクターやイラストを見ただけで、
様々な場面(格闘や恋愛)を想像することができ、
世界観まで想いを馳せることができる人種、
世界的には特異なニュータイプなのです。

日本のカードゲームでは、お客様として実はこのように想像力がある
ニュータイプを前提としてゲームデザインがなされているケースが
ほとんどです。カードに付随される数字上の設定が
ゲームバランスや課金に大きな影響は与える事はもっともなのですが、
その前に一番大きな前提は、プレイヤーがそのカードを持つこと自体に
リアリティや世界を感じかつ価値や嬉しさを見出せるということなのです。
このハードルを余りにも簡単に日本人はクリアしてしまうため、
海外の人にとってこれがいかに大変か、
またハードルを超える為にどのような工夫が必要かということに、
作り手はついつい考えが及ばない場合が多いのではないでしょうか。

実は、前述をしませんでしたが
世界でカードゲームが爆発したケースはあります。
それはポケモンです。
このケースでは、任天堂が、経験値、バイアスの少ない子供向けに、
アニメとゲームとカードを一緒に導入して
世界的に大ヒットさせました。
当然当時のアメリカ人や現地人は反対しましたが
(日本独特の商品だと思っていました。
100以上いるキャラクターの世界がヒットした例がなかったのです)、
任天堂のコミットによって成功を果たしたのです。
カード、キャラクターを「集めて育てて強くなる」という欲求自体は
極めて本能に近い世界共通の欲求であり、
少なくともバイアスの少ない子供には熱意を持って受け入れられました。
ただ、過小評価してはいけないのは、
アニメ放送を含めた任天堂のマーケティングコミットメント、
子供の経験値をあげる努力です。

ソーシャルゲームでカードゲームは売れないか?と聞かれれば、
実は前言修正、可能性はあると答えます。
基本欲求を満たすデザインは含まれているのです。
マイノリティとは言え増え続けるコミックファン、
昔ポケモンをした今の大人を中心にアプローチするのも良いでしょう。
経験値が少なく、かつそういうものに対してハングリーな発展途上国
(東南アジアや中国)も相性は良いかもしれません。
特に開発者の立場としては、カードをカードに見せない工夫、
つまりプレイヤーがリアリティを感じる工夫は
日本マーケットとやや違った努力、仕掛けが必要でしょう。
最後に、ビジネスとして任天堂に見られるコミットメント、
刷り込み教育を時代に合ったやり方で行う企業の根性も
必要であると思います。

海外にて、カードゲームをヒットさせること、
モバイルソーシャルが成功することは
日本のコンテンツポジションの維持、強化に欠かせません。
当社もそのプレイヤーになるべくクエストしてゆきます。

 

2012-02-17 | | |

ゲームの未来

2012.02.10 .18:31:44

 
    


そもそもゲームとはなんなのでしょう。

例えば、ゲーミフィケーションの大家である
Jane McGonigalはゲームの定義、ゲームの条件を
次のように言っています。

まず、ゲームの目的(goal)があること。
ゲームには、目的、つまりプレイヤー(達)は何を目指すのか、
という事が必要です。

次にルールがあること。
目的に達する時の制限であり、かつ自由度を定義するものです。

そして、フィードバックシステムがあること。
これは、ゴールに近づく為に今の状況はどうであるのか
プレイヤーに知らせる仕組みの事です。

そして最後に、彼女によると自主的な参加(voluntary participation)です。
ゲームに参加するプレイヤーは、目的、ルールそしてフィードバックシステムの
知識を持ってかつそれに前向きに従うということです。
これにより、多くのプレイヤーが参加することが可能になるというのです。

これさえあればゲームであると言うのです。
デジタルでゲームと言えばついついグラフィックやインターアクティブである事が
前提として考えられますが、よりアナログ的なゲームでは
必ずしもデジタルで前提になるものが必要ではありません。
サッカーや野球といったスポーツから古代から人々を熱狂させた格闘技、
ラスベガスのギャンブル、より身近に考えると
ジャンケンやサイコロ遊びも上記に当てはまるのです。

人々が熱狂したりのめり込むゲームですが、ほとんどの場合
冷静に考えると元々のゲーム自体に生産的な価値はありません。
サッカーゴールにシュートして点を取ったり、
ゴルフボールを遠くの穴に入れる事や
テトリスで10秒余計に生き残る事の社会的に物質的貢献はほとんどありません。
ですから、ゲームに興味のない人は何でそんなに一生懸命に
ゲームにはまるのか理解できないことも多くあるのも現実です。
週末、テレビでスポーツ観戦をする男達を呆れ顔でみながら、
噂話や情報交換の会話にいそしむ女性というのは
ハリウッド映画のお決まりの光景です。

それでも、人はゲームを必要とします。
それは、ゲームが人の様々な感情、感覚に訴えて何らかの喜びやストレスの
解消に貢献してくれるからなのでしょう。
時間潰しのために気軽にはじめたパズルゲームをやめられなくなったり、
クロスワードパズルで悶々と苦しみながら言葉を探したり、
カードゲームでもどうしても欲しいカードをゲットする為に
ガチャガチャを何回も回したり、
モンハンで皆で狩に行くのに、義務として自分のレベル上げに
一生懸命励んだり。ゲームによって、
射幸心、競争心、虚栄心、達成感、連帯感、親切心、冒険心、推理力などなど、
実に多くの違った感情、感覚を刺激していることが分かります。

この様な人々の要求に対する刺激が経済価値を産み、
ゲームに携わる職業が生まれていきます。
スポーツに代表される、固定したルール上でプレイヤーが入れ替わり、
観戦者を増やす事で伸びるビジネスや、
常に新しいルールや世界観をプレイヤーに提供する
ビデオゲームやソーシャルゲーム、
パチンコやカジノに代表されるプレイヤーの射幸心を刺激するものまで
その歴史は古く、深く、またその幅も非常に広いものになっています。
そしてビジネスに携わっている人々の幅も広く、
事業としての経済的価値をあげようと日夜努力し続けています。
その中で、ビジネスに関わる様々なアートとサイエンスが
次々生み出されているのです。

最近出てきたゲーミフィケーションという言葉の定義がまだ安定しない理由は
「ゲーム」といった時の幅の広さ、刺激する感覚、感情の広さや深さの
ダイナミックレンジがあまりにも大きいためでしょう。

とは言え、最近Web制作などで俄然注目されているゲーミフィケーションは、
元々、生産価値が無いものをここまで熱狂させる
アートとサイエンスの塊であるゲーム、特にデジタルゲームの
心理学的ノウハウを如何にWebの仕組みに取り込むかという研究です。
そこでは、今までは機能的な仕組みに終始していたWebに
心理学を入れようとしているとも言えるでしょう。
反対の立場からみると、今まではアート(心理学や世界観)に
近かったゲームの世界によりウェブサイエンスを入れ込んだ
新しいサービスの誕生過程とも言えます。
個人的にはソーシャルゲームビジネスに従来型のゲームから入り込んでみて、
こちらが学び驚くことがとても多いです。
特に、制作者、サービス提供者へのユーザーフィードバックシステムの
サイエンスの在り方は全く新しい分野ですし、
非常にダイナミックで制作の在り方が次のステージに進化した様に見えます。
今現在、インターネットをプラットフォームとした
新しい分野のゲームメカニズム利用ビジネスが爆発的な成長期を迎え、
その副産物としてゲーミフィケーションなどの多くの理論ノウハウが
後追いで生まれているのかなと思っています。

一方、Jane McGonigalは、これだけパワーのあるゲームであれば、
ゲームのゴールを政治や社会問題におけば、
その問題解決に役に立つのではないかと考えます。
近代化が始まってから現代に至り、
リアル社会のシステムはすでに壊れてしまっている。
これを治すにはパワーのある、多くの人間を巻き込めるゲームが
役に立つはずだと言っているのです。
そこでは、感覚的な心理学だけでなく、感情や目的意識まで刺激する
ゲームデザインが必要になるでしょう。
現在、デジタルバーチャルがリアルに匹敵するパワーを持ち、
そこに相性の良いゲームが社会を変える、
そこまで含めてゲーミフィケーションという事なのでしょう。

オンラインゲームやソーシャルゲーム、
またはSNSを使っている人たち、
すなわちこのブログを読んでいるほとんどの人たちは、
バーチャルの世界が時にはリアルの社会より
暖かいところがあったり、
現実社会より感覚的に近しい、すなわちリアルであることを
感じていると思います。

自分がよく使う例として、皆が住んでいるところから半径100メートルで
どれだけの付き合いがありますか、という質問があります。
都会であれば、ほとんどの人が近所づきあいは薄いし、
職業も別だし産業的な繋がりもほとんどありません。
東北の震災で人々が離れ離れになる悲しさやストレスを語っていましたが、
あそこにはソーシャル世界が存在しているリアル社会なのですが、
都会は生活の基本である住居、住所自体がリアルでなく
バーチャル、記号になっているのです。
一方、Facebookやオンラインゲームの中に入ると、
馴染みの友人がいつもそこにいる様に感じます。
デジタル技術の進歩でその距離感はとても近しいし、
自分のコントロールでその距離感さえ変えることも出来ます。
この様な環境になったのは、この数年のことで、
さらにデジタルバーチャルがよりソーシャルであり
リアルに進化して行くことは想像に難くありません。
いうなれば、近代化の歪みをバーチャルが直してくれているのだと。

そう考えると、デジタルと相性の良いゲームが
次のステージでどんな活躍をし得るのかという、
Janeの問いかけにゲームデザイナーが熱狂するのもよく分かります。
自分はプロデューサーや経営者として
これは凄いことになりうるぞと思うわけです。

日本のソーシャルゲーム業界は今では非常に儲かっている
カードゲームの徹底的な研究と次の旬になりうるゲームデザインで、
切磋琢磨しています。
そのステージのあとに、まだまだ社会のシステムにまで
影響を及ぼす大きなうねりがくることになると思います。
そこには、何かの新しい力と上手く結びついたゲームの貢献があると信じています。

 

2012-02-10 | | |

ベンチャーキャピタルのコンファレンス参加

2011.12.09 .18:47:12


    


    


2週連続で京都に行きました。
今回は、IVS(Infinity Ventures Summit)という、
ベンチャーキャピタル主催のコンファレンスに参加する為です。
この会議には、数年出続けていますが、
ここでは早くからソーシャルゲームに着目をしていました。
グリー、DeNA、mixiといったプレイヤーもここで、
ソーシャルゲームの参入やオープン化を
最初に発表したという事もあり、
日本のソーシャルビジネスのトップが一堂に会する
ソーシャルビジネスのメインイベントと言えるでしょう。
この間に、オフィシャルに色々なセッションが開催され、
同時に各自いくつもの会議、食事、情報交換が活発に行われていて、
様々な取引がこの間に決まっていきます。
我々も、多くの情報交換と事業のピッチの交換などを行っていました。

いつも楽しみにしているコーナーの一つに
商品デモコンテストがありますが、
今年はここで驚きがいくつもありました。
一つは出展者が若いこと。
優勝したのは20歳の現役学生でしたし、
その他質の高いプレゼンテーションも
若い人材が見事にこなしていました。

もう一つは、ソーシャルサービスのターゲットがしっかりしていて
かつサービスとして深いこと。
優勝サービスは「すごい時間割」といって、
大学生をしっかりとターゲットしながら多くの大学の授業情報から、
授業の評判、友人との空き時間の調整まで、
生活感と同時に大学の教育の仕組みにまで影響を及ぼしそうな
ワクワクするサービスでした。
また、美肌とソーシャルサービスを徹底的に追求したものや、
日本のカワイイを追求した世界向けモバイルプリクラアプリなど、
商品性が高かったのも特徴です。

今回、コンファレンスを通じて、
ソーシャルの次元がまた変わったなと感じました。
今までは、カジュアルでマスをターゲットにして、
ソーシャルゲーム、SNSプラットフォームが大爆発しましたが
どうやら今後はよりセグメント化され
深いサービスがソーシャルに登場し
成功事例を作っていくような気がします。

 

2011-12-09 | | |

広がりゆくゲームの世界

2011.10.31 .12:46:57


               

ビデオゲームを開発している人はよく
ソーシャルゲームを表してあんなのゲームじゃないと言います。
ちょこちょこっと時間潰して、
射幸心ばかり煽るだけで深さがないって。

じゃあ、そもそもゲームってなんだ?
世界を救うために、友情と愛の力で様々なクエストを繰り広げ、
エンディングには感情を最高潮に盛り上げるムービーが流れて
めでたしめでたしなのか、と言うとこれもずいぶん偏った見方です。

ビデオゲームの発展って、技術の進化と小売のモデルの停滞によって
たまたまこの20年、特殊な形で進化したものです。
大体、ゲームをテレビに繋げるなんて
すごい想像力だと思いませんか。
それだけをゲームって呼ぶ事がそもそも視野が狭いのですね。

最初の頃登場したゲームって、テーブルテニスやブロック崩しの様に、
時間を潰しながら感覚や運動神経に近い部分を刺激した体験が主流で、
数多くの芸術品が日本から生まれています。
インベーダー、パックマン、テトリス(これはロシアかな)なんて、
世界中の皆が口を揃えてよいゲームと言うのではないでしょうか。
ですが、これらのゲームオーバーの条件は
自分が最後に死ぬことだったりして、
そこではお姫様を救うわけでもなく、ユーザーはドラマを求めてはいません。
自分がゲームオーバーを迎えるためにゲームをするなんて
ゲームデザインの視点でみると面白くないですか?

一方で、WOWに代表されるMMOでは、
プレイヤーはバーチャルな世界の住人のような存在で
ちょっと大袈裟に言うと、ゲームの世界では
現実の世界と違うもう一人の自分がいる感覚で
その世界に没入しているのではないでしょうか。
ゲーム内のコミュニティは現実の世界の友人と同じくらい大事だったりします。
ちなみに、MMOの最終的ゴール、ゲームオーバーの条件はありません。
ゲームオーバーの条件がない、またはゴールがないっていうゲームも
デザイン的にみると面白い。

このそれぞれのカテゴリーを同じ「ゲーム」と一括りに呼んでいいんだっけ
と思います。
それぞれのゲームをやる時の気分、目的、期待は
大きく違っている事は明らかです。
でも、人はこれを引っくるめてゲームと呼んでいるわけです。

なぜゲームをするのか。
いろんなゲームを引っくるめてゲームと呼ぶのであれば、
ゲームをやる理由は様々です。
ソーシャルゲームをいま熱心にやっている人は、
ビデオゲームをやる時の感情、目的とかなり違った目的で
「ゲーム」をしているわけです。
あんなのゲームじゃないというのは、
ある視点からはそうかもしれないけど、
また作っている物は違うかもしれないけど、
そう言い切るほどその人のいう「ゲーム」も安定している物ではなく、
従ってソーシャルゲームも立派なゲームエンタテインメントなのだと思います。

今、世界に共通のインターネットにつながっている解像度抜群の
インタラクティブデバイスであるスマートフォンがすごい勢いで
世界中に普及しています。
また、テレビもPCもタブレットもネットにつながっている。
個々の会社の視点では、何をもってゲームと呼ぶのか、
ビジネスモデルは何なのかという整理をして事に当たらないと
従業員の混乱は必至ですが、一つだけ言えるのは
この大雑把にゲームと呼んでいる世界は今後しばらく形を変えて
とてつもなく成長をすると云う事です。
そういった意味でいうとインターネットビジネスって言葉に
似てるかもしれない。
今後、当社はゲームデザインという工夫だけでなく、
ビジネスデザインの工夫と共に、
この広がりゆくゲーム事業に対して
クエストしていく会社でありたいと思っています。


 

2011-10-31 | | |

China Joy

2010.08.06 .20:24:43

 

7月29日から3日間行われていた、China Joyに行ってきました。
急に行く事を決めたので、チケットもなく、
当日特別なルートでチケットを買いました。
定価600円より、ちょっと高くつきました。
こちらで展示しているのは、主にMMOまわり。
Webゲームも増えていますが、
ソーシャルゲームの参加者は、ほとんどいません。
しばらく見ていて思うのは、参加者(展示者)が
中国の現地メーカー中心になってしまったという感想。
以前は米国、韓国、台湾の多くのメーカーが出展していて、
日本がいなくて寂しいと思いましたが、
今は中国の国産メーカーが出展の大部分を占めます。
このビジネスは中国本土でも大きなものとなっていますが、
政府の政策もあり、外国のメーカー、パブリッシャーが
活躍しにくいという事情がかなり影響をしているようです。
展示もゲームの展示というよりは、
マーケティングイベントのような様相もあり、
業界最大手の一社である、Net Ease もゲーム画面がほとんどなく、
コスプレイヤーの女性がいるだけの印象も受けました。
イベントやショウの発展の仕方が
国によって随分違ってくるなと思いました。

肝心の商品展示が思ったより少なかったという印象はありますが、
ゲームの質、量ともにMMOは中国が世界の中心になりつつある事は
ひしひしと感じられます。
CGのレベルも驚異的な勢いであがっており、
今後、韓国メーカーを大きく脅かすことになる事は間違いないでしょう。

2010-08-06 | | |

ソーシャル業界の動きが急に

2010.08.02 .17:40:37

現在、ソーシャル業界の動きが更に大きく動いています。
噂も含めると、7月26日の週は重大ニュースが目白押し。

1.業界2位のプレイダムがディズニーに買収合意。
 買収額は500億円(また、インセンティブで700億円までに)

2.噂では業界1位のZynga に対して、ソフトバンクの投資決定。
 137億円か。

3.DeNA がSAP(Service Application 
 Provider=コンテンツ提供ソフト会社)向けに、
 GREEとの踏み絵を求める?
 TOPのSAPに対して、よりDeNAに肩入れしている方に
 ちゃんとしたサービスをするとの通達をしたという噂。

4.それに対して、SAPも動きを急にして業界団体作る動きあり。

5.NHN(ハンゲーム、言わずもがな韓国のゲームポータルのリーダー。
 PCのダウンロードゲームのエリアでは日本でもダントツの首位メーカー)
 がソーシャルゲームの参入発表。スマートフォンの展開も同時に発表。

当社も、業界にいるので色々な所で絡む事がありますが、
それにしても先週の動きはすごかった。
先週は中国上海のChina Joy というゲームショウへも行きましたが、
こちらも大盛況。グローバルに様々な動きが起こることが、
通常化していくのでしょう。
 

2010-08-02 | | |

ブラジル出張

2010.07.09 .18:06:48

      

E3の前にブラジルに行って来ました。
サンパウロとリオデジャネイロ。
それにしても、ブラジルは遠い! 
スターアライアンスポイントを貯めようとした為、
シカゴ経由で30時間以上かけて到着しました。
現地は季節的には冬でサンパウロは15度前後。
セーターがないと肌寒い感じでした。
街角のいたるところで、普通に人が踊っているのがブラジルだと思っていたら、
サンパウロはいたって普通のLAのような街でした。
人も飛び切り明るいというよりは、結構きっちりしていて
(本当にとんでもないバイアスでした)びっくりしました。
訪れた場所がよかったのか、身の危険も全く感じず、
やはり行くのと聞くのでは随分違うと改めて感じます。
ネットの環境ですが、急速にブロードバンドが拡大中。
ADSLでバンド幅は小さいのですが、普及の数は政府の政策もあり
急伸しているようです。
ちなみに、ブラジルはVAT(消費税、輸入税など)が高いのですが、
PCなど政策的に税率を下げ、PCも急速に普及しているようです。
ブロードバンド(インターネット)の普及で劇的に伸びているのが、
ソーシャルとTwitter。
その数においては、Twitterはすでに日本を抜いています。
ソーシャルのプラットフォームはFacebookでなくGoogleの「orkut」。
ブラジルでのみこのプラットフォームが爆発しているとか。
ネットの世界でもローカル性が出るのですね。
我々にとっても、今までは遠い国が、ネットを通して極めて重大な
マーケットになる可能性を感じます。
またその際のやり方に、ローカル色、現地との密なコミュニケーションも不可欠。
だから、これからますます面白い。

2010-07-09 | | |

中国とサンフランシスコに行ってきました

2010.03.18 .14:59:08





 今回は、中国出張報告です。


現在のソーシャルゲームの動向が中国でどうなっているのか
気になり、中国のいくつかの都市(北京、上海、香港)に
行ってきました。
まず、街全体に不況のにおいがまったくなく、
高度成長真っ只中の香りがぷんぷんします。
日本と足して2で割りたくなります。

現在データ的に見ると、MMOを中心とした
オンラインゲームマーケットはマネタイズができており、
1つの会社で中国マーケットをメインとしながら売上が
100億円を超えたり、時価総額が1000億を超える会社が
多数出てきているのに対し、ソーシャルゲームはまだ
マネタイズが遅れており、従って、フェイスブックや
日本を狙ったグローバル化を考えている会社が多数ある状況です。

マネタイズが遅れているといわれているソーシャルゲームも
どうやら今年から他のオンラインゲームほどではないものの、
中国国内でもマーケットが出来そうです。
今年、10億円規模を超える会社は複数出てくるのではないでしょうか。
また、フェイスブックへの取り組みも積極的で、
日本よりよほど国際化に対して熱心な姿勢には学ぶところが多くあります。
ベンチャーキャピタルが既に多く入りこんで経営の近代化、
欧米化も取り込みながら、比較的安価な労働力を使い、
爆発的に開発を広げている現状を目の当たりにすると、
竹やりで勝負するには限界があるなと感じます。

若い開発会社は、もはや昔の怪しい中国の流通業者のイメージとは
かけ離れており、まだ一昔前を感じさせるものの、
前向きにかつエネルギッシュに挑戦する姿勢に、
2−3年後の大ブレイクを予感させます。
多くの会社が、英語を話せるメンバーやトップエンジニアを抱えており、
人材的にも日本の優良ベンチャーに匹敵する素質が
ゴロゴロ転がっているように見えました。

まあ、”隣の芝生は青く見える”わけですが、
飛行機で2−3時間のお隣の国で
大きなプラスの変革が起こっていることは確かで、
この流れに対して前向きな取り組みを考えることはとても普通のことです。
どう対応するかが重要なのです。

最後にもうひとつ印象に残ったエピソード。
マカオのあるビル開発で、住宅用のビル建設に関わっている友人に
その部屋の高さを聞いてびっくり。
400部屋ほどあるその住宅ビルですが、一番いい場所にあるとはいえ、
1部屋平均が1億5千万円を超えるようです。
そんなの払える中国人がそういるのかと聞いたところ、
みんなキャッシュで買っていくとのことです。
マカオの一人当たりGDPは日本の大都市より高いとのこと。
うーん、買えないなあ。

2010-03-18 | | |

いいところを褒めよう

2010.02.12 .14:41:33

景気は気分、と言うらしいが、その点から言うと不景気の日本、
マスコミをはじめとして、我々ちょっと批判し過ぎ、反省し過ぎな傾向に
あるのかもしれませんね。

そりゃあ今の状況を手放しで喜ぶのはあまり知的ではないですが、いいところ
を褒める部分がもっとあっていいんじゃないかと思います。

民主党の政策で言うならば、観光立国の推進なんていいじゃないですか。
日本の田舎には良いところが本当にあると思います。飯はうまいし、自然が美しく
人がいい。伝統的な所が残っているし、でも便利で清潔。どうってことないと
されている海岸線や農村風景、田んぼに畑、温泉に工芸品など、
過小評価されているものが沢山あると思います。ここに目をつけて、色々と
知恵を出そうよ、といった民主党の考えは非常に良いと思います。

自分の周りの業界で言うと、mixi、モバゲー、Gree、と三つ巴のソーシャル戦争。
若いベンチャーが独自のプラットフォームをつくり、かつ世界まで意識して
切磋琢磨している。これはすごいことじゃないですか。もっと、世間が素直に
褒めてあげていいんじゃないかな。

2010-02-12 | | |

プロフィール

内海 州人
(Shuji Utsumi)










★ソニー:経営企画室、Sony Computer Entertainment of Americaの創設メンバー
★セガ:Sega of America、セガ・エンタープライゼス執行役員
★ディズニー:インタラクティブアジア代表を歴任



☆クラッシュバンディクー(SCEA)
☆サクラ大戦, 2K Sports (セガ)
☆キングダムハーツ
(ブエナビスタゲーム)
などの作品にも係わる



・一橋大学卒業
・ウォートンMBA

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