資本主義の神学校 その2
|
投資を判定する際の基礎であるNPV(ネットプレゼントバリュー)といった言葉は、経済学部卒業でソニーの経営企画部、管理部に属していても知りませんでした。また、日本においては当時影も形もないあらゆる資産のSecuritization (証券化)について授業を行っており、金融から来たクラスメートの日本人は目を輝かせて学んでいたのを思い出します。ファイナンスに関してはそのくらいレベルの開きがあったので、色んなことが学問として面白かったのを覚えています。 NPVもSecuritization も悪いものではありません。むしろ実質的に悪かったのは、そのリバレッジのリスクに関しての量や質(情報公開)に関連したものなのだと思います。低金利の後押しもありリバレッジが大きくなりすぎて、大金が実業や実質経済を超えて相場で動くようになって経済がおかしくなってしまったのではないかと・・・。(そういう意味では、内容自体は悪くない訳です。なんか、宗教に似てますね。多くの教義は悪くないけど、運用が悪いなんて。) そうは思っていても、自分がなんとなく、被告席に近いところにいるように少し感じるのは、全面的に賞賛はしてなかったものの、そっちの世界になんとなく賛同していた、つまり『会社の目的は株主利益を最大化すること』や『市場に任せることにより価格は合理的に決まる』といった、哲学に近いレベルの概念への疑い方が足りなかったかもしれないなあ、という感覚があるからです。 |
2009-02-16 | 個別ページ | |

ビジネススクールで初めてファイナンスの授業を受けた時のショックは今でも鮮明に覚えています。『会社の目的は何か』という、いわば『人間が生きる意味とは何』という哲学的質問に対し、ファイナンスの教科書では、明快に『株主利益の極大化である』と謳っています。この考えは、在学2年間で完璧に刷り込まれます。

