国破れて山河あり
福島、宮城に行く機会がありました。 東北にはあまり行った事がなかったのですが、 本当に美しい土地だと思いました。 福島の山間では、田んぼや畑と一緒に ひまわりが咲き乱れている光景も目にしました。 目に見えない放射能に対しての対抗策であると言う意味を知ると、 その派手な光景も何故か切なく感じられます。 宮城県の津波の影響を受けたエリアに入り、 いくつかの驚きを感じました。 まずは、津波による被害エリアの大きさです。 小学校も完全に破壊されており、 その脇にはぐしゃぐしゃになった車が所狭しと並べられています。 よく見ると、一部の車には○や×のマークが付いており、 車が見つかった時に人がいたという印なのだそうです。 かつて駅であった所からの景色には その面影すら残っていません。 いくつもの知識をもってそこに立つと、 津波でのとんでもない悲劇が心を揺さぶります。 もう一つの驚きは、たった半年前に起こった惨劇のあとにいながら、 知識と観察力がないと、そんなに悲惨な事が起こったというのが よく分からないということです。 津波に破壊され尽くされた瓦礫は撤去され、 大きく山積みになり残っているのですが 建物が建っていた土地も、また瓦礫の上にも 葉っぱが生え始め、徐々に自然の景色と同化し始めているのです。 たまたまその日は、風が気持ちよく、多くの鳥たちが空を舞い 津波に耐えた巨木で羽を休めるのです。 瓦礫の山もまるで古墳のようです。 自然がとても美しい。 どこかでみた景色だと思ったら、 「天空の城ラピュタ」なんじゃないかと気が付きました。 つい最近、そこでとんでもない悲惨な出来事があり、 まだ悲しみが癒されていないのにこの様なことを言うのは不謹慎ですが、 こんな平和とも取れる環境で そもそも人間の役割ってなんだったんだろうと思ってしまうのです。 宮崎駿はこれを作品にして、自分もすごく納得したよなあ。 自然に対する畏敬の念だとか、 文明に対する疑いは、八百万の神を信じる日本人には なんだか妙に説得力のあるテーマですよね。 このような感情は知識というより、今まで生活して来た環境や価値観に 大きく影響しているのではと思います。 西洋系の人は一般的には自然を征服したがると言われています。 違った生活をしてきて、文化観・価値観も違う彼らが そこにいたらなんと言っただろうかと考えました。 同じ景色を見ても、人により切り方・感じ方が違う。 商売柄、お客様の反応に対して考えたい気持ちが強いです。 クリエイターは自分の思いを深堀して表現するのだろうけど、 商売人というか、プロデューサーの立場では ついついみんなどう考えるのだろうって気にする。 今回の福島、宮城視察はそんなところを思いっきり刺激してくれました。 |
2011-09-02 | 個別ページ | |





