時代の変わり目

2011.06.20 .18:19:30





E3に行ってみて、現在10年に一度の
変革期に入ったことを再確認しました。
ゲームのプラットフォームに関しても、
スマートフォン・ソーシャルの波の中で、
どこが残るのか予断を許しませんし、
プレイヤー・ソフトハウスに関しても
現在大きなところが生き残るかどうか
分からないところにまで来ているようです。
このような環境での経営の舵取りはとても難しく、
かつ面白いのは、少しの遍路進行の違いが
大変な事態を生み出したり、
また大きなチャンスを生み出したりします。
まさに、集中のしどころなのでしょう。
あとは、実際作っている人たちや運営している人が、
その動きをそれぞれどう感じるかも
重要なことです。
その時には、本質的に何が起こっているのか
観察する力が大切な事であると考えます。
変化には、新しく行わなくてはいけないことが伴い、
困難も多々あるけれど、
前向きに、変化を恐れる事なく、楽しむ事が出来る組織が
生き残っていけるのでしょう。


2011-06-20 | | |

携帯をみて日本を思う

2010.08.20 .18:38:07

 

最近、携帯ビジネスに関する方々より話を伺うと、
今後急速にアンドロイド携帯(グーグルのOS携帯)化が
進むのだそうです。
iPhoneのスマートフォンひとり勝ちで、
残りの2社(ドコモ、au)はiPhoneの対抗馬として、
これしか選択肢がないのだそうです。
日本独自の、いわゆるガラパゴス携帯が
今後急速に衰退していくのでしょう。
外来種にやられてしまう、琵琶湖の魚のようですね。

確かに、iPhone/iPadユーザーとしてはこれに慣れると、
今普及している日本の携帯に戻るのは厳しい感じがします。
7〜8年ほど前は、海外の人が日本に来た時には、
日本の携帯のクールさに驚愕していたものでした。

日本ローカルのドコモを先頭とした、
キャリア主導で成長した日本携帯に対して、
グローバルに商品を展開するアップル、グーグル、
(マイクロソフト、ノキアはちょっと苦戦?)
はプラットフォーマーです。
ドコモを責めるよりも、むしろ、モバイル機メーカーに
頑張って欲しかったものです。

ゲーム機もそうだけど、ハードとソフト、システムを組み合わせた
グローバルスタンダードに耐えうる、
次の時代のプラットフォーム構築を
何か諦めている雰囲気が業界にある気がします。
ハードとソフトは車の両輪、と元ソニーの大賀社長が
言っておりましたが、ハードとソフトとサービスを
兼ね備えたプラットフォームに日本企業のチャンスが
あるように思うのですが、どうでしょう。
新しいプラットフォームの形を再形成する根性と知見が
求められているのではないでしょうか。
 

2010-08-20 | | |

iPhone に挑む

2009.11.06 .17:07:25


映画の時代からテレビの時代になるようなインパクトで、ゲームの世界が大きく変わ
ってきています。現在次々と新たなプラットフォームが誕生。facebook をはじめとす
るSNSサービスはもちろんですが携帯のグローバルの風雲児といえば、iPhone。 
この領域ではGoogle が推進するAndroid からも目が離せませんが、
現在はiPhoneが他を圧倒的にリードをしています。
iPhoneのプラットフォームとしてのすごさはビデオゲームで
育ったものとしては驚愕です。(自分もプレイステーション、ドリームキャストの
プラットフォーム設計に関わっていました)

いくつもすごいところがありますが、いくつか列挙すると
1)クリエイターの参入障壁を思いっきり下げている 
(プロダクトの承認プロセスもとても簡単)
2)アプリをあらゆる種類受け付けている
3)値段設定もまったく自由
4)ネットを前提としている
5)グローバル配信がきわめて簡単に行える(スピードも驚異的)
6)ビジネスモデルがとてもクリア
7)携帯電話としてすごいのは、スクリーンサイズがグローバルで同一

もちろん、ハードとしてのユーザーインターフェイスであるとか、
デザインの魅力など他のよい点はいくつもあるのですがプラットフォーマーとしての
視点がとても高いのです。
ユーザーに対する経験、ライフスタイルの提案力、またコンテンツプロバイダーに
対する作業フローを本当にうまくデザインしています。

一方で、このプラットフォームの敷居の低すぎる欠点として、
いわゆるくそゲーと呼ばれるゲームが星の数ほど出ており、
ユーザーが良いものを探すのが大変だったり、コンテンツプロバイダーの立場として、
キラリと他のゲームと比べて目立つのは非常に大変です。

今度、2本ほどiPhone のゲームを出しますが、今までと違ったチャレンジに対し
いろいろ知恵を絞っているところです。

2009-11-06 | | |

コンソール(ビデオゲーム)型クリエイターとソーシャルゲーム型クリエイター

2009.10.16 .10:00:00

 


自分は、ゲームのプラットフォームを、身近なものにどのようにたとえればいいのかよく考える。たとえるという作業は、本質が曲げられることもあるが、逆に見えにくいことが見えるようになることもあるので、頭の体操としては面白い。

ビデオゲームの世界はまるで映画の世界のように発展していっているようだ。
白黒がカラーになり、CGが使われ、制作のサイズもどんどん大きくなり、発売から3週間がビジネスの勝負だ。クリエイターと呼ばれるスターも生まれ始めて、彼らは自分たちの名前にかけてもよい作品作りに1年以上の長い日々を過ごす。

一方、最近登場してきたネットゲーム、ソーシャルゲームはまるでテレビの世界のようだ。作品を出してから、毎週、毎日、プログラムをいじる。スピードと軽やかさが勝負だ。フェイスブック、マイスペース、ミクシィ、モバゲーなどに登場するゲームたち。お客さんはビデオゲーム機というハードには縛られない。誰でも持っている、PC,モバイルがその出口だ。この世界では、ソフトをインストールすることすら面倒くさいユーザーを相手にしている。

当然、違った世界には違ったクリエイターが育つ。でも映画とテレビの時代と同じように、制作現場にいる人たちは職種で言えばほとんど同じ(プログラマ、アーチスト、プランナー)。ソーシャルゲームもいまは昔のビデオゲームを参考にしたテーマが多いいけれど、映画ではクイズ番組がないように、今後のソーシャルゲームではまったく新しいジャンルがテーマになるだろう。

今、新しいクリエイティビティとビジネス的な機転が世界レベルでもとめられている。

 

2009-10-16 | | |

盛田会長プレゼン その2

2008.12.26 .18:00:19

Playstation当時係長代理の自分は、雲の上の会長がチームメンバーに“ありがとう”という言葉を使ったことに、うれしいを通り過ぎた感動、驚きを覚えました。それは、久多良木さんを含めたすべてのメンバーにもあてはまっていました。
同時に、マーケティングの神様である盛田さんが ”プレイステーション“という名前を変えてくれといわれれば、それは本気で変えなくてはいけません。プレゼン後、皆ははうれしいやら、困ったやらでした。

数ヵ月後、盛田会長に発作の不幸があり、一切の業務から離れることになりました。会長との会議後、いくつかの名称を検討しましたが、いい案がありません。結局、後にSCE社長、ソニー副社長となる徳中部長(当時)が大賀社長に、プレイステーションで行きたいという確認を大賀社長に入れ、了承を得ました。

あの時、盛田会長が倒れていなかったら、プレイステーションは違う名前になっていたのかもしれません、という、時効のお話でした。

 

2008-12-26 | | |

盛田会長へのプレゼン その1

2008.12.22 .18:40:47

Morita-Kaichoソニーの大賀社長(当時)へのプレゼンが終わった後、盛田会長(当時)への報告をしておくように、社長から指示がありました。
当時経団連会長候補であった盛田会長は、会社の枠を超えて忙しくされていましたが、何とか時間がとれたものの、会社近くのプライベートオフィスに伺うことになりました。こちらのプレゼンメンバーは5−6人くらいだったと思います。

会長は風邪をひかれていて、ベットに座ったまま話を聞かれていましたが、途中から傍目にもわかるくらい目が輝き始め、元気になり立ち上がり、
さまざまな質問をされました。そして最後に言われた言葉が印象的でした。

“ありがとう、ソニーにこういう商品を待っていた。頑張ってくれ。ただ、ひとつだけ問題がある。ネーミングだ。もう少し違うものを、考えてくれ”。

その2へ続く

2008-12-22 | | |

プレイステーション秘話 〜セガとの交渉〜

2008.10.21 .16:19:11

 任天堂との協力関係を一方的に破棄された後、まだプレイステーションが
コーポレートプロジェクトとして認められる前、久夛良木さんと一緒に
セガのキーパーソンと共同でプラットフォームを立ち上げる話をしに
行きました。

一人は後にセガの社長となった当時コンスーマーのハード担当であった
佐藤さん、もう一人はセガオブアメリカの副社長の豊田さんです。
結局、両者ともまともには話を聞かなかった程度で、この話は流れました。

あの時、セガが積極的であればソニーはそれに飛びついたことでしょう。
そうなると、セガプレイステーションとよんだのでしょうか。
もしくは久夛良木さんとの性格の不一致で、最終的には壊れていたかも
しれません。
そんな話が見ることができるゲームを誰か作ってくれないかな。

2008-10-21 | | |

プレイステーション3に基本プレイ無料、当社のMMORPG登場

2008.09.25 .16:10:38

                          Angel Love Online                                                  
当社が運営するMMORPGエンジェルラブオンライン(ALO)が9月25日より、プレイステーション3(PS3)で遊べるようになります。基本プレイが無料で、より遊びを追求したい方がアイテムを買う(アイテム課金モデルとよばれている)というビジネスモデルのゲームシステムとなっています。
ちなみに、PCではごく当たり前のお馴染みの仕組みなのですが、ビデオゲームの世界ではほとんど前例がないようです。ビデオゲームでは、ネット上でコミュニティを作るというコンテンツ自体が少なく、今後、ALOがどのようになっていくのか、とても楽しみにしています。このゲームのもうひとつの特徴として、PCのユーザーとPS3のユーザーが同じフィールドで遊べる(共通サーバーを使っている)こともあります。


ここで、作られるコミュニティがどのようなものに進化していくのかは、運営している我々もよくわかっていませんが、皆さんがなるべく快適に過ごせるように努力、工夫をしていきます。もう存在しているPCのコミュニティはゲームがほのぼのしていることもあり、お互いの関係がとてもよいのではないかと感謝しているところですが(実に女性比率が50%に迫っているのが、安心感を示しているように思っています)、PS3のゲーム経験者でオンラインをあまり試したことのない方には、よいエントリーなのではと期待しております。
PS3を持っている方は、プレイステーションストアに、PCだけの方は本サイトとリンクをしているALOのゲームサイトより、是非ゲームを楽しんでください。


エンジェルラブオンライン http://www.angelloveonline.jp/

 

2008-09-25 | | |

幻のプレイステーション・キャラクター「ポリゴンマン」

2008.08.08 .11:33:28
Polygonmanプレイステーションが世に送り出される前に、米国では「PS」マーク以外にキャラクターが存在しました。その名も「ポリゴンマン」。
マーケティングのバックグラウンドを持つ、当時のSCEA社長、Steve Race 氏は、PlayStationという名前をマーケット調査にかけたところ、そのイメージは最悪、子供じみているという結果が出ました。


その結果、ゲームを米国導入する前、ソニーのE3でのパーティでポリゴンマンを華々しくプレイステーションのイメージキャラクターとして紹介しようとしました。当時、本件は日本や会社の他の人にもほとんど相談されず、Race氏がマーケティング担当と進めたものでした。
東京側が知ったのは、パーティの数日前。喧々諤々の議論の末に、ポリゴンマンは幻となりました。本件が、その一因となり、Race氏はプレイステーションの発売前にSCEAをやめてしまいます。


さて、そのポリゴンマンですが、ほとんどのキャンペーンは止めたものの、一部は止まらず、SCEAのプレイステーションパーティでのギフトはポリゴンマンT−シャツでした。

2008-08-08 | | |

プレイステーション誕生秘話 〜参入決定会議〜

2008.06.25 .17:31:15

      

今年2月、ラスベガスの業界コンファレンスDICE にてLife Achievement Awardsを受賞され、スタンディングオベーションでステージに満員の聴衆を相手に大賀さんへの感謝の意を述べる久夛良木さん(映像上)を見て、あの日の会議の事が思い出されました。

ソニーがゲーム事業を立ち上げる事を決めた会議。あのように大きな事業になることを考えると、とても少ない参加者、およそ10人程度のもと行われました。当時(1992年)の大賀社長(現ソニー名誉会長)、徳中氏(当時経営企画部長、後SCE社長)、丸山氏(当時ソニーEPIC社長、後SCE副社長、ソニーミュージック(SME)社長)と久夛良木次長、伊庭本部長等に加え、後にSCEの取締役クラスになる人間が数人参加したのみでした。自分は、当時本社で徳中氏が副本部長を勤める経営企画部門の係長で、様々な資料を作っていた為、会議に参加していました。

事業の将来性、ソニー株の元で事業を行うことのカルチャ上や形式上の負担、競合他社(任天堂、セガ)との状況、技術上のチャレンジ等々の発表を久夛良木、丸山、徳中氏より大賀社長にピッチされました。大賀社長も本社会議で見せるような威厳というより、あれやこれや気軽に色んな質問をされました。丸山氏がいることで、会議の雰囲気もソフトビジネスのようになったようです。

ここで、大賀社長が後々に語り継がれた決定を下します。
“Let’s do it”.
それもソニーとは別会社、ソニーとソニーミュージックのジョイントベンチャーにする。ソニー本社の元では成功しないであろう。自ら、現ソニーミュージックの前身であるCBSソニーを自ら立ち上げた大賀社長ならではの判断でした。

自分は、会長、社長が出席された会議を何度か経験していたコーポレートスタッフでしたが、この一件には驚きました。確かに、そのような方向を目指すべく色々な用意をしてきましたが、当時まだまだわからないことも多く、会議の参加者に本社役員クラスの人間はただ一人(事業担当役員すらいなかった)、久夛良木さんもエリートエンジニアというよりは、とてもあくの強いエンジニアと考えている人もいるくらいでした。実際、ソニーがゲームビジネスに入ることに前向きであった人は、事業部にはほとんどいませんでした。そのような状況と、あのような会議体でしかも、別会社化まで指示してしまう大賀社長に、今から考えると英断、また、当時の経験の浅い自分には「本当ですか?!」と思わせる決定でした。会議の後は、特に久夛良木さんを始め、皆が高揚していました。このスピーチとその会議に出ていたことを、非常に幸運に思っています。

2008-06-25 | | |

プロフィール

内海 州人
(Shuji Utsumi)










★ソニー:経営企画室、Sony Computer Entertainment of Americaの創設メンバー
★セガ:Sega of America、セガ・エンタープライゼス執行役員
★ディズニー:インタラクティブアジア代表を歴任



☆クラッシュバンディクー(SCEA)
☆サクラ大戦, 2K Sports (セガ)
☆キングダムハーツ
(ブエナビスタゲーム)
などの作品にも係わる



・一橋大学卒業
・ウォートンMBA

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